今考えてもあんな気味のわるかった事はないよ、東風君 これなら大丈夫とぬっくと立ち上がる…… それで金善方へ来て見ると、店にはランプがかんかんともって…… 思い切って飛び込んで、頭巾を被ったままヴァイオリンをくれと云いますと、火鉢の周囲に四五人小僧や若僧がかたまって話をしていたのが驚いて、申し合せたように私の顔を見ました。 こんな噺もあるよとだまってる事の嫌な迷亭君が云った。 なぜ ええ聞きますよ。 黒い方がいいだろう。 そいつはおめでたい話だ。 もうヴァイオリンは片ついたかいと主人はようやく本を伏せて、起き上りながらついに降参を申し込んだ。 芸術趣味を解しないからでしょうと東風君が答える。 ソクラチスは婦女子を御するは人間の最大難事と云えり。 東風君、僕は実に情けなくって泣いたよ こう云う場合に人の心を乱すものはただ怖いと云う感じばかりだから、この感じさえ引き抜くと、余るところは皎々冽々たる空霊の気だけになる。